猫 の 目 月 夜
ざっとシャワーをすませ、バスローブをはおった直江が、絞ったタオルを手に戻ってく
ると、高耶はベッドから下りたところだった。
「オレもシャワーしてくる」
少し余韻の残る掠れ声で、タオルを取り、持っていこうとするのを、直江は軽くとどめ
て左目の上にキスした。
ばか、と口元が言うのだけれど、耳が赤い。
そのまま浴室へ追っていってしまおうかとも思ったが、まあ今日はやめておこうと大人
しく踵を返し、手早くベッドを整えた。シャワーまできちんとすると言うなら、情事の後
を思わせるベッドではない方がいいだろう。
下着とパジャマ…と思うけれど、まだ身体の湿気が取れていないので着替えたくない。
直江は小さな冷蔵庫からペリエを取って、ベッド脇の籐椅子に腰掛けて一口飲んだ。
明日には帰さなければならないと思うと、胸がつかえるような気がしたが、入学までに
彼がやらなくてはいけないことの数々を考えると、無理は言えない。そう、四月からは特
別奨学生は寮生活が義務付けられているとはいえ、週末にはここへ来てくれると言ったの
だし。――楽しみだ、とも小さく言ってくれた。ベッドの熱が言わせたことでも、身体が
溶けるかと思うほど嬉しかった。
戸の開く音に目を上げると、意外やタオルを腰に巻いただけで高耶が出てきた。吸水性
のあるドライタオルの方で、頭をがしがし拭いてはいるが…。
「高耶さん、風邪をひきますよ」
「んあ?」
がしがし、の間で唇が尖るが、ぽんぽん返るかと思った口撃はなく、彼は大股に直江の
脇へ来た。ペリエを横取りして、ごきゅごきゅっとあけてしまう。
「おや」
直江はちょっとすねてみせようかと思ったが、とんと瓶を置いた相手が、湿った髪の下
から何か言いたげにこちらを見つめているのに気付いて首を傾げた。
「なにか…」
言いかけたところで、ぐいと上腕をひっぱられて、びっくりしながら立ち上がる。その
ままベッドへ押しやられて、あまつさえ――
「た…高耶さんっ…?」
バスローブを剥がれて、驚きの二乗だ。
高耶は驚く直江を毛布の下に押しこむと、自分も腰のタオルを放り投げてその隣へぐい
ぐいともぐりこんだ。
「た…」
「変な気は起こすなよ」
何を行動と噛み合わないことを――!!と直江は心中で叫ぶが、赤い顔の中の妙に真剣な目
に射すくめられる。
「こうして寝たいんだ」
ぐいと腋下へ両腕を割りこませ、抱きついてくる湿った黒い髪。
驚きはしているけれど、高耶の言わんとするところは、呑みこめた。
言葉どおり"肌を合わせて"――眠りたい。
どうすれば伝わるか、と。どう伝えようか、と悩んだのだろう、このひとは。
直江の口元が笑ったが、身体に広げると高耶の機嫌をそこねそうだ。自分もゆっくり彼
の身体に腕を回して、力を抜く。
今の高耶は、情人よりもただ甘やかされる者でいたいらしい。
それも悪くない。
そっと湿った髪の中へ指を差し入れる。
そう猫のように。欲しい時はてらいなく手を欲するあの獣のように。
「…喉を鳴らしてみません?」
しばらく間があいて、ばかやろ、と寝ぼけた声が返って来た。
くすりと笑う気配。
夜は深くなり、やがて穏やかな寝息に溶けた。
了('03・2・16)
あとがき?
「水無月〜」終って、甘いものが
欲しかった…。大学合格直後のよ
うですな。おめでとう。