文月の琥珀
2.繰返す声
ヘッドホンをはずしたところで、机の上にほうりだされた携帯に着信を知ら
せる灯がともる。少年の武骨な手にとりあげられたそれは、玩具にしか見え
ない。
「もしも…っと、真知か」
ゆうと
『雄登?』
久々の従妹の声に、雄登は立ち上がりかけていた動作をやめ、椅子の背に
よりかかった。
『今、いい?』
「オッケー、だよ。なに?」
ふと、ためらうような間に、少年が目を見張る。
「真知?」
『雄登んとこ、23日はもう休みに入ってる?』
・ ・
雄登はふと、卓上カレンダーに目をやった。もちろん、解放の日ぐらい覚
えてはいるが。
「22までだ。もっとも、23、24と週末にかかっちまうから、ありがたみは
少ねーけどさ」
『もうバイト入れちゃった?下北沢のやつとか』
いつになく下手に出るような真知の様子に雄登はけげんそうな目でカレン
ダーを見つめる。
「うんにゃ、25から。一週間先輩の代理でスーパーに行ってから、いつも
の…。おい、真知」
『え…?』
「何なんだ?」
小さく息をつく音に雄登はますます首をかしげた。従妹はおごそかに言う。
『つきあってほしいんだ、23日…。正確には、その日の夕方なんだけど』
電話を終えて、ふと真知は耳の底にしまった午後の声を想った。
――『オウギ、と言います』
真知の声に戸惑っている、という感じだった。
――『あ、姪ですよ』
今の誰、と彼は聞いたのだな、と叔父の声を復唱する。ベッドの上で頭の
下に手を組み、真知は天井を見つめた。雄登の声をきいて何か不思議な確信
が生まれた。
――オウギタカヤ、って…。
自分達とそう年がちがわない…?叔父はとてもていねいに応じていた。大
切に、細やかに。ひとつひとつの言葉を――楽しむように。
――全然似てないはず…叔父さんとは…。
不器用そうな――クラスにいる、ああいう声の男子。ぶっきらぼうで、あ
まり人の目なんか気にしてない…。自分に自信があるけど、うぬぼれ屋では
ない、って感じの…。
――あ、そこは似てるかも…。
義明叔父と。うっ、と息をつめて真知は起きあがった。
――たった一言耳にしただけなのに、そこまで考えるか?
「だいたいどうして…!」
思わず口にして真知は首を振った。
――ううん…かんちがいじゃない。
少女はゆっくりと脚をベッドにひきあげ、ひざを抱えた。
――かんちがいじゃない。あたしは義明叔父さんの姪だもの。勘だってい
いってみんな言うし、それに…それに…。
真知は、ぐっと唇をかみ、体をちぢめた。
―…だから、確かめたい。
七月二十三日に。