如月の光玉〜火輪・異聞
2 古城の黄金
「させぬぞ、高坂!」
仮死に陥った重い成田譲の身体を、抱き上げようとしていた高坂は、ちら、と校舎屋上
の階段口を見やった。
「まだ動けたか、大したものだ」
紅い唇に冷笑が浮かぶ。
「久しいな、色部勝長」
実直そうな青年の姿をした上杉夜叉衆最古参は、右肩から上体を朱に染めて、息荒く高
坂を睨み返した。
「貴様に渡すわけにはいかん」
「成田譲を、か? それとも――」
ぶおっと空気が震えて、周囲の瓦礫が色部をめがけ、空を切った。色部はかろうじて張
った護身壁で、それを撥ねた。
「暴悪神の化身を? この世を終わらせる者をか?」
「終末とは決まっていない!」
色部は目に力を入れて、高坂を見返した。相手の冷笑が深くなる。
「何を今更。大将を裏切り、新上杉など建てた貴様ら――新大将、直江信綱とお前たちの
思惑などわかっているのだ。すでに」
高坂は目を細めた。横たわる譲を静かに指差す。
「殺すのだろう」
色部もまた目をすがめた。
「なまぬるく情を移した景虎に代わって、葬る覚悟を決めたのだろう? 甘いものよな、
上杉景虎。鮫が尾での死に臨んで、あれほど憎んだ相手だったろうに。怨霊大将になるほ
どに、恨み呪った相手だったろうに!! 今生では無二の友か? 己を守るためにさえ殺せ
なかったとは!」
高坂は一声笑った。
「笑わせてくれる!! とんだ夜叉殿だ!!」
嘲りの響きが崩れた建物に吸い込まれて、しばしのち、色部は低く応じた。
「それだからこそ――大将だったのだ」
色部に目を戻した高坂の口元から、笑みが消える。
「それだからこそ――直江は、新大将を受けねばならなかったのだ。例え敵対することに
なってもな」
高坂が眉をひそめたその時、きぃんと痛む高音が二人を貫いた。
「うお!?」
「な・・・なんだ!?」
"音"は、またたく間に幅広い帯のように広がり、二人のいる場所を取り巻いた。きぃん、
きぃんと体内の魂が耐え切れず震えだすような音の波に、色部も高坂も膝をついた。
「ぐ・・・!」
「これ・・・はっ!?」
その圧迫が、ゆるりと動いた。と、密度が変わり、高坂のすぐそばへ、横たわる学生服
の若者の頭上へと集まり始めた。
目を開いたまま、凍り付いている譲の額の「魔王の種」の上に。
「"種"が!」
「まさか・・・信長っ!?」
不意に"種"が光った。金色の光がわきたち、どくんと脈動するような輝きを放ち――
四散した。
飛び散った光は、もう一度じゃれつくように今度は譲の身体全体を包んだ。
小さな明滅に包まれて、音もなく若者が身を起こす。
閉じられた瞳の上の額はすべらかで、あの災厄を呼ぶ「魔王の種」はもうない。色部と
高坂の声もなく凝視する前で、不意に譲の身体を包む光が強くなり、ふわり、と彼は地を
離れた。
そのまま空へ持ち上げられる。上昇する。やがて、その光の塊は点となり、方向を変え、
飛び去った。
阿蘇の方へと。