如月の光玉〜火輪・異聞
3 阿蘇の紅
証を求めて――求め続けて、奪い続けて。
誇りを剥ぎ取り、想いを踏みにじり、罪に堕した。
引き裂かれた心を抱え、独り自責と悔いの中に置き去りにされながら、
それでも、おまえは。
オレを見つけ出してくれた。
この卑怯者を。
一人罪を忘れた顔で、被害者を装い、
再び繰り返す救いようのない傲慢。
――代わりができる人間ならいくらでも。
開いたままの傷口に指をかけ、その痛みと苦しみとで愛を量った。
そして見るがいい。
今度こそ逃れようのない罰が下されたのだから。
腕の中、開かない瞳、冷えていく身体。
いのち
流れ出ていく真紅の生命。
喪えないたったひとつ。
オレの唯一。
なおえ
おまえがいなければ、いきていけない
もう、いきてなんかいかれない
「高耶さん!!」
紅蓮の炎につつまれた世界を背に――。
その男の瞳だけが全てだった。
懐かしい腕に抱かれて、薄く目をあけた高耶は、捜し求めてきたまなざしを見上げた。
「つれ・・・」
(連れていってくれ。逝くのなら、オレも・・・)
再び目を閉じた高耶の名を叫びながら、直江は彼の身体を激しく揺さぶり、抱きしめた。
周囲の炎にも増して熱い身体。身に受けた毒々しい怨みの炎に、内から灼かれる愛しい
者をかき抱いて、直江は狂おしく吼えた。
(誰か救ってくれ!!
このひとを救わせてくれ!!)
業火の阿蘇の地にありながら、熱も息苦しさも忘れて。ただ高耶を抱きしめていた直江
は、ふと静かになった周囲に気付いた。
す、と現実の中から、取り出されたような静けさ。
柔らかい光の粒が降ってくる。天上から降り注いで・・・くる。
力なく身をあずける高耶を抱き、ひざまずいたまま、直江は頭上を仰いだ。
まぶしい光源に目を細めたが、やがてゆっくり天から降りてくるものを見定める。
黒い学生服の若者・・・。高耶と同じ服の。あれは。
「譲・・・さん・・・?」
近くなるにしたがって、まぶしさが和らぐ。揺れ動く光の帯を幾重にも巻き付けて、若
者は二人の前に降り立った。きらめく水のように、彼のまとう光がゆるやかに高耶と直江
を包む。
(ひかり・・・が)
光が入ってくる。
染みとおるように。
外皮から、おだやかに、語るように。
二人の身体に、同じ速度、同じ濃度で・・・。
言いようのない酩酊感と、ゆるやかな喜びと――哀しみ。
譲と呼ばれた者が目をひらく。まなざしを二人に注ぐ。
「か、げ・・・」
かすれたつぶやきに、はっとして直江は腕の中の高耶に目を戻した。薄く開いた
虎の瞳が空を見つめている。
「・・・か・・・」
光をまとった若者が淡く淡く微笑った。
はかなく悲しく――微笑った。
・ ・
ふい、とその姿がぶれた、と見えたとたん、かれは分かれた。
学生服の若者は、ふわりとのけぞりざま、目を閉じて地へ。
光の色だけ、の、もう一人は宙空へ。
分かれた。
かつて景勝でもあったこともある、ひとの魂と。
みろく、とに。
まだ人の形をとっていた弥勒は、ふるっとゆれて清しい光の塊になった。地に倒れた譲
の身体の上で、ひときわまばゆい光を放ち――吸収を始めた。
"黄金蛇頭"――鬼八の首が、熊本の霊を集め、呑みこんだように・・・?
いや、ちがう。
それは、鬼八のように、あるいは正しい力とされながらも、どこか非情な"調伏"のよう
に強引ではない、慈しみに満ちたささやきだった。
ここへおいで。
おいで・・・。
大地から空気から、そして人の身体から。
よどんだ霊気が飛んでいく。身体の芯でよじれ凝っていたものが、ほぐされて光にひか
れて飛び立っていく。
直江の肩から、背中から。その腕の中の高耶の胸から、指先から。
そして周囲の風から水から飛び立ち、光へと吸い込まれていく。炎からさえ。
この阿蘇の地だけでは、とどまらない。
ひろがってひろがって、九州という名の島を越え、更にその先へ、先へ。呼びかけは波
紋になり、応える者を受け入れる。すべてを。
どれだけの時がすぎたのか。
それとも時など止まっていたのか。
天が分かれた。白い光の滝が、宙空の黄金色をめがけて降りてくる。まるで両の手で抱
くように包みこむ。
白光は、高耶と直江の頭上へと、ゆるやかにうねり、近づいた。
高耶の額にそっと触れる。
ああ・・・、これは知っている手。知っている・・・。
――答えて下さい!!
私を捨てるなら捨てると――!!
(お前を見守っているよ。
もう私は去らなくてはならないけど。
それでも私はお前を見守っている。)
遠いかすかなささやき。
(ありがとう、景虎。
あない
私が弥勒を案内してゆく。先導になり、ふととらえられてしまわ
は な
れた人の世のめぐりから解放してしんぜる。
遙かな降臨の時まで――――)
直江の肩にもそっと触れた。
謙信公・・・。
(見定めた通りの者だった。
直江信綱、私の息子を――頼む)
声は光の中に溶けて消えてゆく。
白い光と黄金の光が、くるくると互いを抱くように回って、まばゆさを増してゆく。
よびよせたすべてをつつみ、あがってゆく。
本当の末世まで、しばしの安息を。
この―――大地に。
了('99・9・30)
いいわけ改訂版
「火輪〜横道それて、どこ行くんだ!」編でした。
"いいわけ=あとがき"は書いた当時のまま(私的なことなどは省いていますが)
というルールを破って、'03年9月現在の"いいわけ"です。
甘っちょろい!! '99年9月でも甘っちょろかったですが、織田の殿リターンの今はよけいに!
――ですので、ここでは、19巻までの信長と光秀からイメージをもらって書きました、と強調させてください。
主人公様には、ただただ申し訳ない・・・。「最大の敵」が呆気なく・・・。織田さんファンの方にもすみません。
自分でも相当に羞恥と悔いの残る一編で、抜いてしまおうかな、とも思ったのですが、
力のなさを直視しつつ、あえてここへ置かせていただくことにいたします。
'03・9・22