水無月の紅玉
水無月の紅玉――終章
直江がそれを見つけたのは、高耶が松本へ戻った日の午後だった。
高耶が昨日干して取り込んでおいた客用の布団を仕舞おうと入った、座敷の床の間の端
で、何かが陽光をはじいた。
たたんだ白いハンカチの上に、小さな珠。
直江はそっとそれを掌にとった。
真ん中に亀裂の跡。接着剤のしずくらしきものが、そのふちで、つぷりと一粒固まって
いる。高耶の細心の注意が形になっているようで、直江は心をくすぐられたような気持ち
になった。
握りしめると。
遠く暖かい声が聞こえたように思えた。
――あにさま…。
小さな妹のままの少女…。
――私は直江様が生き人でも死人でも…。
すさみへ傾いたかもしれない最初の換生を支えてくれた女性。
そして、
――また会えるわね。そうしたら今度は本当の――
直江は静かに風の渡る広縁へ出た。
美しい夏の庭。緑の息づかいでむせるほど。
その中央に。
しなやかな枝を空へ向けた桜の木…。
――親友になりましょうね。
とんだ偽善者だと、今も心の半分は痛むけれど…。
君を懐かしく思う日が来るなんて考えたこともなかった。
あのひとが抱きとめてくれた俺が、
まだこの地で喜びに包まれて生きていくことを…
君は許してくれている。
そう思ってもいいだろうか。
彼女は最後に微笑ったのだった。
「そう…もし会えたら…」
親友になろう、美奈子だったひと。
奥で電話が鳴りはじめた。
もう松本に?と一瞬浮き足だってから、直江は手の中を見た。
そう、これのことかもしれない。忘れてきた!と、どこかのサービス・エリアから。
そっとまた珠を手の中に包んで、直江は廊下へ急いだ。
桜はきっと白い手を隠していて、
白い涙を落す――彼らを優しく立ち上がらせるために。
了('00・12・15〜
'03・1・24)
あとがき
長かった。うん、長かった。「あたし、なんかク
ドイし〜」ってカーンジ(大苦笑)。
なんだか異様にリリカル…ラスト来て。
結局――美奈子の話だったのかもしれません。
主人公二人は、解っているようで、ビミョーに
解ってない、彼女のこと。
でも美奈子はそれでいいと思ってるからいいの
だ、うん。
心理戦でもありました。
高耶の視点、を守るのは、なかなかむずかしいで
すね。<14>で直江部分、が入ってしまったの
は、そのへんが上手く描ききれなかったから。力
不足。
強羅の家は実体験が元です。というより、その
家が書きたくて、の話かも。実際のその家は、武
者小路実篤の妹さんの家だったそうです。その家
に、昔、叔母一家が住んでいた杉並の古い和洋折
衷の家を少し足しました。どちらの家ももうあり
ません。直江に住んでもらうなんて、なんてゼー
タクな思い出の家でしょう。
あの夏の日、蔵書の分類に行った古い美しい家
への恋文になりました。
そして帰天された優しいシスター・Mの思い出
もこめて。
わーい、でもやっとここまで…!
あとは「漫才と艶話」だーっ!