トパァズ
エピローグ 文月の黄玉
「何を考えているんです…?」
運転している直江がちらりと笑う。高耶も薄く笑みを返す。
「お前の姪ってさ、ほら一番上の兄貴んとこの。こないだ電話に
出た子」
「ああ…」
直江はふうん?と首をかしげる。
「まち、というんです。真を知ると書いて、今、高1…美弥さん
と同じですね」
赤信号にウィンダムは停車する。
「真知がどうかしましたか?」
「義姉さんに似てきたって言ってたけど、本当はお前に似てるん
だろう?」
直江の顔に困惑が浮かぶ。
「私に…ですか?真知が??」
高耶はにやにやと笑って頭のうしろに手を組んだ。
「それに…ほら、ゆうと、って言ったか、いつか横浜で会った…」
「ああ…はい、甥のね」
直江はますますわからない、という表情になった。
「雄々しく登る、と書くんですよ。姉の長男なんですけれど…。
高耶さん?」
「なんかがっしりして、この前より男って感じになってたなー」
「高耶さーん…」
直江の降参、という情けない声には応じず、高耶は穏やかな表情
になった。青になったので、車が動きだす。
「直江…あれ知ってるか?”そんなにも”…?”あなたはレモン
を待っていた”…」
「高村光太郎ですか?『智恵子抄』の中の…」
直江は前を向いたまま、記憶をさぐる。ややあって彼は静かに口
を開いた。
「”そんなにもあなたはレモンを待っていた…”」
深い声――今はあるがままの優しさをのせて。
「”トパァズいろの香気が…”」
高耶の目が真摯に自分を見つめているのに気づいて、直江は言葉
を途切らせた。同時に、車は目指していたウォーターフロントのマ
ンションの駐車場へ乗り入れた。半地下の駐車場の出口近くに、橘
不動産の所有する部屋の専有スペースがある。そのあたりは夕焼け
の最後のきらめきで、生気に満ちたオレンジ色に染めあげられてい
る。駆動音が止まった。
直江の柔らかい髪、やや淡い色のそれも、頬も、瞳も、夕陽の黄
金色を帯びて輝く。高耶は見つめ続ける。
「”トパァズ…”」
もう手離すな、と今はいやに暖かく胸の中の声が言う。ああ、と
内側にうなずいて見せて、高耶は微笑む。あの国語教諭のように、
トパァズ
小箱に入れてしまっておけない宝石。彼の活きた黄玉。
「さ、行くかあ!何階だっけか?」
元気良く高耶のはずしたシートベルトに、さしのべかけた指をは
じかれて、直江は苦笑した。二人は出口から地上へ出、改めてエン
トランスホールへと入っていく。
「簡単ですよ。一番上を押せばいいんです。エレベーターの」
「…お前、ひょっとして覚えてないな…?」
軽い笑い声を夕陽の中に残して、彼等は建物の中へ消えた。
トパァズ
文月二十三日。黄玉を手にするものの生まれた日――。
あとがき
最初の思いつきと全然…というか、本当はオマケが最初に思いついた形。
この会話の前に高ちゃんが雄登のことを思い出しているシーンが入る程度
だったんですな。
しかし、雄登に対する高ちゃんの気持ちを考えていくと、けっこーフクザ
ツなもんじゃないか?とずるずる深入りしてしまいました。
”文月の琥珀”のオマケ姉妹編、程度のはずだったのにー。
でもちょっと嬉しい、あの三十年前をちらーっとでも書けたから。
オマケ編も気楽でよかった。
直も高も元気で幸せそーで(自分でかいといてー)。
書かない、書かないと言ってたけど…やっぱ書くと楽しかったー。
(あああ、トーフの根性〜〜)
1998.1.16.