トパーズ
睦月の黄玉
3.
「…や…やめっ…!!」
「高耶さんっ?!」
息が―!高耶の手が宙を掻いた。
「ちが…う!やめてく…っ!」
しっかりとした指が彼の肩をとらえる。あがき、逃れようとする
うつつ
身体を現へと連れ出す。びくん、と全身に震えが走って、高耶は陽
だまりのベンチへ引き戻された。
「直…江」
間近にあったとび色の瞳がほうっと落ち着く。微かに口元がほこ
ろんだ。
「こんなのどかなところで、うなされないで下さい」
深い声、深い瞳――苦しんでいた別の瞳。いや――この瞳だって
…。
高耶がその黄玉の光を秘めた瞳の奥を見すえようとした時、男は
すっと身をひき、立ち上がってしまった。そうして太陽を背負って
しまった影の中では、もうその瞳を読むことはできない。
「行きましょう。晴家達が待っています」
夢の残響にまだ微かに身を震わせている高耶に気づき、直江の指
がぴくりと動いたが、力なく止まった。
高耶は一つ息を吐くと、じっとりと汗ばんだ掌を見つめた。そう
あるじ
して、さっき感じたこと――あの製菓会社の主と先ほどの少年、ゆ
うと、と呼ばれたあの少年がちがうと思ったことは正しかった、と
不意に気づく。
あの社長の中に直江が見出したのであろうものは、高耶には価値
がわかり、ある意味では敬服もしたくなる。人の上に立つ者の”力
量”だった。だが、あの少年への気持ちはちがう。だから高耶の中
に生まれた揺れも異なる。
それは――悔いと羨望。
無邪気な好意、素直な信頼。自分が記憶も<力>も封じてなろう
とした姿をそのまま体現しているあの少年をうらやみ――そして、
確かに憎んだ。
だが――。
―なかったことにはできないんだ。
高耶は目を閉じた。まぶたの裏で――景虎がひそやかに微笑った。
それは自分だった。いや、今も自分なのだ。ずっと自分なのだ。
動かない高耶に、直江が再び促しの言葉を投げかけようとした時、
不意に虎の瞳が、彼の目を見上げた。立ち上がった高耶はそのまま
言葉もかけず歩きだす。しばらく、その背を見ていた直江も、また
表情の無いまま歩き出した。傾きかけた陽が、彼の瞳を斜めによぎ
って、澄んだ黄玉の光を放ったが、それを見ていた者はいなかった。
終
1998.1.11〜16
1998.2.25 改