長月の翡翠
1・
ことづて
伝言は、奇妙な形でやってきた。
九郷、と名乗るその軒猿は、安田長秀――現名、千秋修平のなじみだった。
頭泣かせの気まぐれ、力量の差こそあれど同じ催眠暗示能力を得意としていること。
そんなところで、うまが合ったのかもしれない。あちこちを気ままに放浪しては、今は松
本を根城にしている千秋の元にふらりと立ち寄る。
萩での事件で、大打撃を受けた上杉には、以前にも増して情報収集が必要だった。
残暑の厳しい九月の、とある週末。
いつものように、女鳥羽川沿いの遊歩道で、各地の様子を話し始めた九郷が、ふと言葉
をとぎらせた。
「ああん?」
傍らの草地に座っていた千秋は、いかにも今風、のメッシュ頭にTシャツ、ハーフパン
ツの痩せた青年の姿の軒猿を見上げた。
はっと緊張する。
九郷の目はうつろだった。焦点の合わないまま、こちらへ向けられた瞳の表面に、千秋
が映る。不意に平坦なつぶやきが、彼の唇からこぼれた。
「20日の16時20分。東北道、上り、佐野のサービス・エリア、南端で」
よどみなく紡がれた言葉のあと、若者の口元はゆるやかに形を変えた。その柔らかい笑
みに、千秋が目を見張るのと同時に、
・ ・ ・
「『その時は、あなたを呼びますから』」
あの――言葉。長い時の波間でも、ゆらがずに心の奥を占めていたあの言葉。
「い・・・!!」
しかし千秋がその名を口にする前に、九郷の憑坐は、がくりと仰のき、支える腕の中に
くずれた。
(いったい・・・?)